プーチンはなぜ日本に対する姿勢を硬化させたのか――「交渉相手」から「非友好国」へ、25年間の対日観の変遷

プーチン氏の対日観は、安倍政権期の「交渉相手」から、現在の「非友好国」へと大きく変化しました。1956年日ソ共同宣言、ウクライナ戦争、択捉島訪問を手がかりに、その25年間の変遷を読み解きます。
佐藤優 2026.09.15
誰でも

 ロシアのプーチン大統領の対日観は、この四半世紀で大きく変化しました。ただし、それを単純に「親日から反日へ転じた」と理解すると、本質を見誤ります。プーチン氏は一貫して、日本に対する個人的な感情よりも、ロシアの国益と国際環境の変化を基準に日本を評価してきたからです。結論を先に述べれば、プーチン氏にとって日本は、2000年代には「歴史問題を解決すればロシアの近代化に役立つ重要な経済パートナー」、安倍晋三第二次政権期には「米国の同盟国でありながら独自外交を行うことのできる交渉相手」でした。ところが、2022年のウクライナ戦争以降、日本は「米国を中心とする対ロシア包囲網の一部」として認識されるようになります。そして2026年8~9月になると、この認識はさらに強まり、日本はロシアから見て「第二次世界大戦の結果を受け入れず、ロシアに制裁を加える国家」という政治的物語の中に位置づけられるようになりました。この変化を理解するうえで、出発点になるのが1956年の日ソ共同宣言です。

1956年宣言を「履行すべき文書」と認めたプーチン

 日ソ共同宣言第9項には、平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を日本に「引き渡す(передача)」ことが明記されています。重要なのは、この文書が単なる政治声明ではなく、日本の国会とソ連最高会議幹部会によって批准された国際文書であることです。2004年12月23日の大規模記者会見で、プーチン氏はこの点をきわめて明確に述べています。ロシアはソ連の継承国家であり、ソ連が負った国際法上の義務について「どれほど困難であっても履行するよう努める」と述べました。そのうえで、1956年宣言には平和条約締結後に二島を引き渡すことが書かれている、と確認したのです。

 これはプーチン氏の対日認識を考えるうえで極めて重要な発言です。少なくとも当時のプーチン氏は、領土問題そのものが存在しないとは考えていませんでした。もっとも、ここには日本側との重大な認識の違いがありました。プーチン氏は、1956年宣言を「歯舞、色丹の二島問題を処理する文書」と理解していました。それに対して日本政府は、国後、択捉を含む四島の帰属問題を解決したうえで平和条約を締結するという立場でした。つまり、2000年代のプーチン氏は「二島を絶対に引き渡さない」と言っていたのではありません。むしろ「歯舞群島と色丹島をロシアが日本に引き渡すことについては1956年宣言という法的根拠がある。しかし、四島返還には根拠がない」という立場だったと見るべきです。

「引き渡し」と「主権」を切り離すロシアの論理を恐れる必要はない

 ここで、日ロ交渉を考えるうえで重要な法的論点があります。プーチン氏は2018年11月15日、1956年宣言には歯舞群島と色丹島を日本に「引き渡す(передача)」とは書いてあるが、その後の主権がどちらに帰属するのかについては書かれていない、と指摘しました。

 この発言は日本国内では、「二島を日本に引き渡したとしても、主権はロシアに残すという意味ではないか」と警戒されました。しかし私は、このロシア側の言説を日本がそれほど恐れる必要はないと考えています。なぜなら、ロシアにとって「ペレダーチャ」と主権を切り離す解釈は、自国の領土主張の根拠を弱めることになるからです。ロシアが南クリル、すなわち日本の北方領土が第二次世界大戦の結果としてソ連領になったと主張するとき、重要な根拠として持ち出すのが1945年2月のヤルタ協定です。そのロシア語文には、クリル諸島について〈Передачи Советскому Союзу Курильских островов.〉、すなわち「クリル諸島をソ連に引き渡すこと」と記されています。

https://ru.wikisource.org/wiki/Соглашение_Ялтинской_конференции_о_вступлении_СССР_в_войну_с_Японией

 ここでも使われている単語は、1956年日ソ共同宣言と同じ「ペレダーチャ」です。もちろん、ヤルタ協定は米英ソ三国間の合意であって日本は当事国ではなく、これ自体によって日本からソ連への領土主権の移転が直接生じる性格の条約ではありません。この問題はそれだけでもロシア側にとって弱点を含んでいます。それに加えて、もしロシア側が「ペレダーチャという語それ自体には主権移転の意味は含まれない」と主張するならば、その論理はヤルタ協定にも跳ね返ります。ヤルタ協定に書かれたクリル諸島の「ペレダーチャ」に主権移転が含まれないのであれば、それを根拠に「クリル諸島の主権がソ連に移った」と主張することも難しくなります。極端に言えば、ロシア側の論理に従えば、主権は日本に残存していたという議論さえ成立し得ます。

 したがって、「ペレダーチャは引き渡しにすぎず、主権の移転を意味しない」という解釈は、日本よりもむしろロシアにとって危険なのです。外交交渉では相手の言葉を過度に恐れてはいけません。相手が提示した法的論理が、相手自身の別の主張と整合しているのかを点検する必要があります。この点では、ロシア側は1956年宣言における「ペレダーチャ」だけを主権と切り離し、ヤルタ協定における「ペレダーチャ」には主権移転の意味を読み込むという、極めて都合のよい二重基準に陥りかねません。

安倍政権との間で生まれた「現実主義的な窓」

 プーチン氏の対日観が最も肯定的になったのは、安倍晋三政権との時期でした。プーチン氏は安倍氏を、日本の歴代首相の中でも森喜朗氏と並ぶ特別な政治家として評価していました。その理由は個人的な相性だけではありません。安倍氏が日米同盟を維持しながら、対ロシア政策について一定の自主性を示したからです。

 2016年12月、プーチン氏は訪日し、安倍氏の地元である山口県長門市で首脳会談を行いました。この時点では領土問題に決定的な進展はありませんでした。しかし両首脳は、領土問題を正面衝突させるよりも、経済協力や北方四島での共同経済活動を積み上げることによって、政治的信頼を形成する方法を模索しました。そして転換点となったのが2018年11月14日のシンガポール日ロ首脳会談です。この会談で安倍、プーチン両首脳は、「1956年日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速する」ことで合意しました。

 これは日本外交にとって大きな政策転換でした。それまでの「四島の帰属を確認して平和条約」という枠組みから、1956年宣言を基礎とする現実的な解決へと踏み出したからです。私の理解では、このシンガポールで安倍氏が提示した構想の核心は、歯舞群島と色丹島を日本に引き渡す一方、日本が国後島と択捉島をロシア領と認め、さらに国後、択捉において日本に一定の優遇措置を認めることで平和条約を締結するというものでした。これは日本側にとって極めて大きな決断を必要とする構想です。しかし同時に、1956年宣言を生かしながら日ロ間の戦後処理を終わらせるという意味では、極めて現実的な外交案でした。ロシア側からすれば、日本が国後、択捉に対するロシア主権を認めることが最大の成果になります。他方、日本にとっては歯舞、色丹を取り戻し、国後、択捉についても日本人が経済活動などで特別な地位を確保する。そのような大きな政治的妥協の可能性が、この時点では存在していました。

 一方、プーチン氏は翌15日、先に述べたように1956年宣言には二島を「引き渡す」と書かれているものの、その後の主権がどちらに帰属するかまでは書かれていない、と指摘しました。

 日本側から見ると厳しい発言です。しかし、ここで重要なのは、プーチン氏が1956年宣言そのものはもとより、歯舞、色丹の引き渡しを否定していなかったことです。むしろ、この文書を基礎に交渉すべきだと繰り返し確認していました。2019年1月の首脳会談でも、プーチン氏は1956年宣言を基礎として平和条約問題を処理するという方向性を再確認しました。

 したがって、安倍政権末期までのプーチン氏の日本観を「領土を一切返す意思のない強硬姿勢」とだけ評価するのは正確ではありません。プーチン氏は四島返還を拒否していましたが、1956年宣言を用いて何らかの政治的妥協を模索する余地は残していました。

最大の転換点は2022年

 この構造を根本から壊したのが、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻です。日本政府は米国、欧州諸国と歩調を合わせ、対ロシア経済制裁を導入しました。これに対しロシア外務省は2022年3月21日、平和条約交渉を継続しないと発表しました。ロシア外務省は、日本が「公然たる非友好的立場(откровенно недружественные позиции)」を取り、ロシアの利益を害そうとしている国家になった以上、二国間関係の基礎となる平和条約を議論することは不可能だと説明しました。

 同時に、北方四島での共同経済活動に関する協議や、元島民らによるビザなし交流も停止されました。ここでプーチン政権の対日認識は質的に変化します。それ以前の日本は「領土問題を抱えているが、経済協力を通じて関係を改善できる国家」でした。2022年以降は「ロシアに経済的損害を与えることを目的とした制裁に参加する非友好国」となります。領土問題が日ロ関係の最大の障害だった時代には、交渉によって障害を取り除くことが理論的には可能でした。しかし日本そのものが「敵対的な西側連合の構成国」と認識されるようになると、個別の領土交渉だけでは関係改善できなくなります。

2026年8月12日――プーチンが送った対話のメッセージ

 それでも興味深いのは、対日関係が悪化してからも、プーチン氏が安倍氏に対する肯定的な評価を維持していることです。これは2026年8月12日の発言にはっきり表れています。プーチン氏は、日本の新しい安全保障政策の中でロシアが主要な脅威の一つとして位置づけられていることに不満を示しました。その一方で、安倍氏との関係については「建設的だった」と評価し、安倍氏が日ロ両国の立場を近づけるために多くの努力をしたと述べました。さらにプーチン氏は、「われわれは日本を脅かしていない。日本に対してまったく何の要求もない」と明言し、領土問題についても、ロシアはかつて解決策を探す用意があったと述べました。

 私は、この8月12日の発言を単なる回顧談とは見ていません。安倍外交を肯定的に評価し、ロシアは日本を脅かしていない、日本に要求もない、かつて領土問題について解決策を探していた、とわざわざ述べたからです。これは日本側に対する対話のメッセージでした。言い換えれば、「安倍時代の発想に戻るのであれば、ロシアは日本と話す余地がある」というシグナルだったと私は見ています。

翌日の択捉島訪問――ロシア側には一つの計算があった

 ところが翌8月13日、プーチン氏は択捉島を訪問しました。ロシア大統領による択捉島への訪問は初めてでした(2010年11月にメドベージェフ大統領が国後島に上陸したことがあります)。

 一見すると、前日の「対話」のメッセージと正反対の行動に見えます。しかし私は、この二つはプーチン氏の中では必ずしも矛盾していなかったと考えています。鍵になるのが2018年のシンガポール合意です。もし安倍氏がシンガポールで提示した、歯舞群島と色丹島を日本に引き渡す一方で、日本が国後島と択捉島をロシア領と認め、国後、択捉では日本側に一定の優遇措置を認めるという構想がなお日ロ間の潜在的な交渉基盤として生きているならば、ロシア大統領が択捉島に上陸しても、日本政府が本気で拳を振り上げることはない――プーチン氏はそう考えたのではないでしょうか。

 ロシアから見れば、シンガポールの枠組みにおいて択捉島は最終的にロシア領であることを日本が認める対象です。だとすれば、ロシア大統領がそこを訪問すること自体について、日本側が形式的な抗議をしても、日ロ関係そのものを左右するほど重大な政治問題にはしないだろう。そのような読みがクレムリンにはあった可能性があります。しかも、その前日の8月12日にプーチン氏は明確な対話メッセージを送っています。ロシア側からすれば、日本側がこれを肯定的に受け止めるのではないかという期待もあったでしょう。ところが実際には違いました。

高市政権は本気で拳を振り上げた

 高市早苗首相と日本外務省は、プーチン氏の択捉島訪問に対して極めて強く反発しました。日本政府は「断固として抗議する」と表明し、ロシア大使を外務省に呼び出しました。

 さらに高市首相は、南クリルの四島について「日本固有の領土」という原則的立場を明確に打ち出しました。ロシア側の報道も、この強い反応を大きく取り上げています。

 ここは極めて重要です。日本政府は、単なる儀礼的抗議ではなく、本気で拳を振り上げたのです。当然、日本政府の立場からすれば、これは理解できます。日本政府は国後、択捉を含む四島を日本固有の領土とする立場を現在も維持しています。ロシア大統領が初めて択捉島に上陸した以上、それを看過することはできません。しかしモスクワから見ると、別の意味を持ちました。プーチン氏は前日に安倍外交を肯定的に評価し、日本に対して対話の可能性を示した。その翌日に、自らはロシア領と考える択捉島を訪問した。ところが高市政権は、それを従来の立場を確認する程度の抗議ではなく、重大な政治問題として扱いました。私は、プーチン氏がこの日本側の反応を「安倍外交からの訣別」と受け止めたと考えています。すなわち、2018年のシンガポール合意を基礎として、歯舞、色丹の引き渡しと国後、択捉のロシア主権承認を組み合わせるという政治的妥協について、現在の日本政府にはもはや意思がない――プーチン氏はそのように判断したのでしょう。

 ロシア外務省の反応が異常なほど激しかった理由も、この文脈で理解できます。ザハロワ外務省情報局長は、日本政府の発言について「極度の憤りを引き起こす」「絶対に受け入れられない」と述べ、択捉島を含むクリル諸島についてロシア領であるとの立場を強調しました。

 単なる領土問題に関する日ロ双方の従来の立場の応酬なら、ここまで激しい表現を使う必要はありません。ロシア側には、「安倍時代に両国が到達した政治的了解を日本側が事実上覆した」という認識が生じた。それが8月後半以降の対日姿勢の急速な硬化につながったと見ると、一連の動きが理解しやすくなります。

2026年9月1日――「日本に100%責任がある」という決定的な発言

 私が現在のプーチン氏の対日観を考えるうえで最も重要だと考えるのが、2026年9月1日夜、上海協力機構(SCO)首脳会議後にビシケクで行われた記者会見での発言です。プーチン氏は、択捉島訪問に対する日本側の反応については驚かなかったとしたうえで、日本の対ロシア姿勢そのものについて強い違和感を表明しました。そして、次のように述べています。

〈私が驚いたのは、私のクリル訪問に対する彼らの立場ではなく、ロシア全体に対する彼らの立場です。われわれはロシア・日本関係を悪化させる方向には一歩も進んでいません。われわれはこの関係を非常に大切に扱ってきました。現在ロシア・日本関係で起きていること、すなわちわれわれの関係の悪化は、全面的かつ完全に日本政府の良心にかかっています。〉

 さらにプーチン氏は、「われわれが日本に対して何をしたというのでしょうか。何もしていません」と述べ、ロシア側は平和条約問題の協議や日本人による島への訪問など、人道的な問題を引き続き話し合う用意があったと主張しました。そのうえで、日本側が「何の根拠もなく、われわれから挑発されたわけでもないのに、一歩一歩、関係を悪化させ始めた」と述べ、次の言葉で締めくくっています。

〈われわれはこれを残念に思っています。しかし、これは彼らの責任です。100%です。〉

(Мы сожалеем об этом, но это их вина, сто процентов.)

 これは非常に重い発言です。「日本にも責任がある」と述べたのではありません。「100%日本側の責任だ」と言い切っているからです。

 この発言には三つの問題があります。第一に、ロシア自身の行動を因果関係から完全に切り離していることです。2022年2月にウクライナへの全面的な軍事侵攻を開始したのはロシアです。日本の対ロ制裁は、その侵攻を受けてG7諸国と歩調を合わせて導入されたものです。日本政府の政策が妥当だったか、制裁の範囲が適切だったかについては別途議論できます。しかし、「ロシアは何もしていない」「日本側が何の理由もなく関係を悪化させた」と説明するのは、外交関係悪化の因果関係を極端に単純化しています。

 第二に、この発言は日本との外交交渉の余地をロシア自身が狭める性格を持っています。外交では通常、双方が相手に責任があると主張しながらも、自国側にも政策修正の余地を残します。ところが相手側に「100%」責任があると規定してしまえば、自国には修正すべき政策が何もないことになります。そうなると、関係改善のためにロシア側が譲歩する理屈も失われます。外交的には極めて危険な認識です。

 第三に、ここにはプーチン氏の対日認識そのものの変質が表れています。安倍晋三政権時代のプーチン氏は、日本側の立場に不満を持ちながらも、1956年日ソ共同宣言を基礎に妥協点を探す姿勢を維持していました。2018年のシンガポール会談では、両国間に大きな立場の違いがあることを認めたうえで、それでも交渉を続けました。相手の立場には相手なりの論理があるという認識が残っていたからです。ところが2026年9月の発言では、その相互性が消えています。ロシア側には一切責任がなく、日本政府が一方的に関係を破壊したという説明になっています。

 ここに私は、プーチン氏の対日観の決定的な硬化を見ます。これは単なる外交上のレトリックではありません。国家指導者が「関係悪化の責任は100%相手国にある」という物語を自ら語り始めると、その物語は外務省、治安・情報機関、軍、メディアにも共有されていきます。その結果、日本との対話を提唱する人物は、「なぜ100%責任のある相手にロシアが譲歩する必要があるのか」と反論されるようになります。

 翌9月2日、グルシュコ外務次官はクリル諸島の日本への引き渡しについて「可能性はまったくない。この問題は解決され、閉じられている」と断言しました。

 これは2018年とは質的にまったく異なる位相の言葉です。2018年には1956年宣言を基礎として「どのような条件なら二島を引き渡すことが可能か」が交渉の対象になっていました。2026年には「引き渡しの可能性そのものがゼロ」とされています。

 私は、この急激な変化を理解するうえで、8月12日から13日にかけての日ロ間の政治的すれ違いを軽視すべきではないと考えています。8月12日にプーチン氏は安倍外交を肯定的に評価し、日本に対話のシグナルを送りました。しかし翌日の択捉島訪問に対して、高市政権と日本外務省はロシア側の予想を超える強い反発を示しました。プーチン氏はこれを、単なる択捉島訪問への抗議ではなく、2018年のシンガポール合意を含む「安倍外交からの訣別」と受け止めたのでしょう。その認識が9月1日の「これは彼らの責任だ。100%だ」という言葉につながったと私は見ています。

 しかし、ここで日本側が注意しなくてはならないのは、プーチン氏の認識をそのまま客観的事実と受け取らないことです。外交分析では、相手がどのような世界像を持っているかを正確に理解する必要があります。しかし、理解することと同意することは別です。ロシア指導部が「日本に100%責任がある」と考えている事実を認識すると同時に、その認識にはウクライナ侵攻という最大の原因を捨象する重大な問題があることを明確にしておく必要があります。むしろ重要なのは、「100%日本の責任」という認識が現在のロシア指導部に形成されつつあるという事実そのものです。それは北方領土問題以上に、今後の日ロ関係を難しくする可能性があります。

「領土問題」から「歴史認識問題」へ

 もう一つ見逃してはならない変化があります。現在のロシアの対日政策では、領土問題だけでなく第二次世界大戦の歴史認識が前面に出始めています。ロシアの2023年外交政策概念には、「日本軍国主義者」の犯罪を正当化したり、第二次世界大戦の歴史を歪曲したりする動きに対抗することが明記されています。

 さらに2026年9月には、ハバロフスクに対日戦勝を記念する巨大なモニュメントが設置されました。日本政府が抗議すると、ペスコフ大統領報道官は「われわれは日本軍国主義を忘れていない」と述べ、日本側が広島、長崎への原爆投下について米国の責任に十分触れていないとの批判まで展開しました。

 つまり、日ロ関係の対立軸が変わりつつあります。以前は「北方四島をどう処理するか」が中心でした。現在は、「第二次世界大戦の結果を日本が受け入れているか」「日本は軍国主義の歴史をどのように認識しているか」「日本は米国の対ロ政策に従属しているのではないか」という問題が重なっています。これは領土交渉よりはるかに解決が難しい問題です。

プーチン氏が見ているのは「日本」ではなく「主権国家としての日本の独立性」

 以上を振り返ると、プーチン氏の対日観には一つの特徴があります。日本文化や日本人に対する好悪が政策を決めているのではありません。日本がロシアに対してどれほど独自の外交空間を持っているかによって評価が変化しているのです。安倍氏が評価された最大の理由もここにあります。安倍氏は日米同盟を外交・安全保障政策の基軸としながら、ロシアとの首脳外交を継続しました。プーチン氏から見ると、安倍氏は米国の同盟国の指導者でありながら、モスクワと独自に話をすることのできる政治家でした。プーチン氏は、安倍氏を、日米同盟の枠内にとどまりながらも、主権国家としての日本が独自に行動できる領域をできるだけ拡大しようとする政治哲学を持った国家指導者と認識していたのだと思います。

 逆に2022年以降の日本は、ロシア側から見ると米欧と同じ制裁政策を取る国家になりました。したがってプーチン氏の世界観では、日本を特別扱いする理由が薄れました。それでも2026年8月12日の段階では、プーチン氏は安倍氏をあえて肯定的に評価することによって、日本に一つの出口を示しました。しかし翌日の択捉島訪問に対して、高市首相と日本外務省はロシア側の予想以上に強硬な姿勢を示しました。私は、この出来事がプーチン氏の認識を決定的に変えたと見ています。「安倍晋三とは話ができた。しかし現在の日本政府は、安倍外交の延長線上にはいない」。そう判断したのでしょう。

 そして9月1日の発言によって、この認識はさらに一段階進みました。「日本に100%責任がある」という認識は、ロシア側にも関係悪化の責任があるという発想をほぼ完全に排除するものです。外交では、自国にも相手国にも責任があると考えている間は妥協が可能です。しかし責任が「100%相手側にある」という認識が定着すると、自国が譲歩する論理的根拠がなくなります。現在の日ロ関係が厳しいのは、単に北方領土交渉が止まっているからではありません。プーチン政権の日本に関する認識そのものが、「交渉によって解決すべき隣国」から「第二次世界大戦の結果に異議を唱え、米国とともにロシアを圧迫し、そのうえ関係悪化の全責任を負う国家」へと変わったことが、本質的な問題なのです。

それでも1956年宣言は残っている

 もっとも、外交に永遠はありません。プーチン氏自身、2023年の「ヴァルダイ」会議では、日本側が対話のイニシアチブを取るならロシアも応じる用意があるという趣旨の発言をしています。

 「窓を閉めたのは日本側だ」というロシア特有の論理ではありますが、対話そのものを永久に拒絶しているわけではありません。したがって日本に必要なのは、領土問題について原則的立場を維持しながらも、ロシア政府との実務的な意思疎通回路まで破壊しないことです。その際、日本側はロシアの法的言説を必要以上に恐れるべきではありません。1956年日ソ共同宣言は現在も有効です。しかも同宣言に記された歯舞、色丹の「ペレダーチャ」という文言をロシア側が主権から切り離そうとすれば、ヤルタ協定に記されたクリル諸島の「ペレダーチャ」との整合性が問題になります。これは日本側が外交交渉で十分に活用できる論点です。

 また、2018年のシンガポール合意という外交的蓄積も歴史から消えるわけではありません。当面、北方領土問題が動く可能性はほとんどないでしょう。むしろ2026年8月以降、日ロ関係は安倍政権後で最も厳しい局面に入ったと見た方がよいと思います。しかし国際情勢はいずれ変化します。その時に重要なのは、日本がロシアとの交渉のために原則を捨てることではありません。原則を維持したまま、1956年宣言という法的な足場と、シンガポールで一度形成された政治的妥協の枠組み、そしてモスクワとの実務的な意思疎通の回路を残しておくことです。それこそが、感情論ではない日本外交の現実主義だと思います。

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