ロシアの対日姿勢はなぜ急速に悪化したのか――「非友好国」から「直接的脅威」への1か月

この1か月でロシアの対日認識は大きく変わりました。領土問題、歴史認識、元島民の墓参をめぐる対立を経て、ついに現在の日本の防衛政策そのものがロシアの国家安全保障に対する「直接的脅威」と表現される段階に入っています。
佐藤優 2026.09.17
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対立のカテゴリーそのものが変わった

 8月中旬から現在までの日ロ関係を継続的に観察すると、単に関係が悪化したというだけでは説明できない変化が生じています。重要なのは、ロシアが日本を批判する際のカテゴリーそのものが変わり始めていることです。最初は北方領土問題をめぐる対立でした。そこに第二次世界大戦の歴史認識が重なり、「日本軍国主義」という言葉が前面に出るようになりました。さらに元島民の墓参という人道問題まで日本の対ロ政策全体と結びつけられ、9月16日には、日本の現在の防衛政策そのものがロシアの国家安全保障に対する「直接的脅威」と明記されました。

 ここに質的な変化があります。ロシアが批判している対象が、1945年以前の「軍国主義日本」だけではなくなり、2026年現在の日本へ移り始めたのです。ただし、この変化を過大評価してもいけません。ロシア国営テレビを見る限り、日本を主要な「敵」として国民に刷り込む大規模なキャンペーンが始まったわけではありません。外交・安全保障当局の認識が硬化していることと、国民世論を動員して日本を敵国化することは、分けて考える必要があります。

8月13日の択捉島訪問が起点になった

 今回の急速な悪化を考える上で、起点の一つとなったのは8月13日のプーチン大統領による択捉島訪問です。日本政府は強く反発し、高市早苗首相は「日本国民の感情を傷つけるもので、絶対に受け入れられない」と表明しました。これに対してロシア外務省のザハロワ報道官は、日本側の発言が「極度の憤慨を引き起こす」「絶対に受け入れられない」と反発しました。ロシア側の論理は明確です。択捉島はロシア領であり、大統領がロシア国内を移動することに日本側が口を出すこと自体が不当だ、というものです。

 しかし、この時点で問題はすでに領土だけにとどまっていませんでした。ロシア側の論理では、「南クリルはロシア領である」「日本は第二次世界大戦後に形成された秩序を受け入れていない」「その日本が現在、米国との軍事協力を強化し、再軍事化している」という三つの論点が結びつき始めていたからです。8月13日には、ロシアと中国の駐日大使が第二次世界大戦の結果を修正しようとする動きに反対し、アジア太平洋地域の「再軍事化」を警戒する趣旨の共同姿勢を示しました。ここで北方領土問題は、ロシアにとって単なる日ロ二国間の領土問題ではなく、戦後秩序そのものに関わる問題として語られ始めたのです。

領土問題とウクライナ戦争が一本化された

 8月18日、ロシア外務省は武藤顕駐ロシア日本大使を呼び、日本側の発言に正式に抗議しました。ロシア側は南クリル諸島に対するロシアの主権と管轄権には「争う余地がない」と主張し、日本側がこれを直接、間接に疑問視することは受け入れられないとしました。さらに重要なのは、日本の対ロ制裁とウクライナ支援に関連して、ロシアが「適切な対抗措置を取る権利を留保する」と伝えたことです。

 ここから領土問題とウクライナ問題が一本化されていきます。ロシアから見れば、日本は単に北方領土を要求している国ではありません。北方領土を要求する一方で、対ロ制裁に参加し、ウクライナを支援し、米国の同盟国として軍事協力を強化する国です。これらが一つの「対ロ政策」として理解されるようになると、日本側では別々の政策分野として考えられている事柄が、ロシア側では一つの敵対的な行動の連鎖として認識されます。外交では、自国が政策をどのように分類しているかだけでなく、相手がそれらをどのようにまとめて理解しているかを見ることが重要です。

「日本軍国主義」という歴史認識が前面に出た

 9月に入ると、ロシアの対日批判の中心に「日本軍国主義」という言葉が急速に浮上しました。象徴的なのが、ハバロフスクに設置された対日戦勝記念碑です。9月4日に除幕されたこの記念碑では、ソ連兵が小銃の銃床で菊花紋章の付いた境界標を破壊する姿が表現されています。日本政府は、菊花紋章が現在も日本を象徴する紋章として広く認識されているとして設置中止と撤去をロシア側に求めました。茂木敏充外相も、「日本との関係で建設的ではない」「日本国民の感情からみて受け入れられず、極めて遺憾」と表明しました。

 しかしロシア側は要求を拒否しました。ペスコフ大統領報道官は、日本には選択的な記憶があるとの趣旨で、「われわれは日本軍国主義を忘れていない。われわれは勝利を忘れていない」と述べました。ザハロワ外務省報道官も、日本側の撤去要求を、風を止め、太陽を昇らせないよう要求するのと同じだという趣旨で揶揄しました。

 ここで問題の性格が変わります。領土問題なら、「北方四島は誰の領土か」という法的、外交的争点です。しかし「日本軍国主義」が前面に出れば、問題は過去と現在をつなぐ物語になります。「日本は第二次世界大戦を正しく総括しているのか」「現在の日本は再び軍国主義化しているのではないか」という問いが一体化するからです。ロシアにとって第二次世界大戦の勝利は、単なる歴史上の出来事ではありません。国家の正統性と国民統合を支える極めて重要な歴史記憶です。したがって、「日本軍国主義」という表現には、国内世論を動員する大きな力があります。

中ロの対日歴史認識が接近している

 この問題をロシアだけで考えると、重要な部分を見落とします。中国には抗日戦争の物語があり、ロシアには「軍国主義日本に対する勝利」の物語があります。この二つは同一ではありません。しかし、「日本は過去の軍国主義を十分反省していない」「その日本が現在も軍事力を強化している」という物語では接合しやすいのです。

 9月11日には、ロシアが台湾でソ連時代の映画『軍国主義日本の敗北』を上映したことも報じられました。注目すべきなのは、「対日戦勝」という歴史記憶が、単に80年前の出来事を振り返るためだけではなく、現在の東アジア情勢を説明する枠組みとして利用され始めていることです。

 もちろん、これをもって中国とロシアが共同の対日軍事戦略を形成したとみるのは早計です。軍事協力、外交協調、歴史認識の共有は、それぞれ異なる次元の問題です。ただし、情報空間において中ロの対日言説が接近していることは軽視できません。将来、何らかの危機が生じた際に、両国が同じ歴史的物語を用いて日本を批判する土台になり得るからです。

墓参まで日本の対ロ政策と結びつけられた

 次の重要な変化が、旧島民の墓参です。墓参は本来ならば、領土主権とはある程度切り離し、人道的観点から扱うことが可能な問題です。しかし9月15日、ペスコフ大統領報道官は、日本について「わが国に対して極めて非友好的な立場を取っている」と述べました。さらにザハロワ外務省報道官は、日本側が墓参再開を求めていることについて、「執拗に要求するのではなく、まずまともに振る舞うべきだろう」という趣旨の発言をしています。

 重要なのは、こうした言葉遣いの激しさそのものではありません。墓参の再開条件が、日本の対ロ政策全般と結びつけられ始めたことです。領土問題、対ロ制裁とウクライナ支援、歴史認識、人道問題という、本来ならば別々に処理できる領域が一つにつながっていく。これは外交上、非常に危険な兆候です。日ロ関係の中で「政治化されていない領域」が急速に少なくなっているからです。

9月16日、「直接的脅威」という言葉が出た

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