沖縄人にはなぜ複数の「マブイ」があるのか――魂、アイデンティティー、そして国家観を結ぶ一つの作業仮説

沖縄には、人間には複数の「マブイ(魂)」が宿るという民俗的観念があります。この霊魂観は、沖縄人の複合的重層的なアイデンティティー、さらには国家や政治を見る感覚とも、どこかでつながっているのではないか。そんな作業仮説を考えてみました。
佐藤優 2026.09.17
読者限定

人間には一つではなく複数の「マブイ」がある

 以前から私が気になっている沖縄の言葉があります。「マブイ」です。標準語では通常「魂」と訳されます。しかし、沖縄におけるマブイは、近代的な日本語で私たちが「魂」という言葉から想像するものと、同じではないように思います。沖縄では、驚いたり、大きな事故に遭ったり、強い精神的衝撃を受けたりすると「マブイを落とす」と言います。そして、落としたマブイを元に戻すために「マブイグミ(魂込め)」という儀礼を行います。琉球大学の研究でも、マブイグミは失われた霊魂の回復や強化を図る儀礼として説明されています。さらに興味深いのは、沖縄の民俗的伝承の中では、マブイが必ずしも一つではないことです。「七つのマブイ」とする伝承もあれば、それとは異なる数え方もあります。したがって、「沖縄人は正確に七つの魂を持つ」と一般化するのは危険です。地域、時代、伝承によって数え方には違いがあります。しかし、人間の魂を単一で不可分なものとしてのみ捉えず、複数の要素から成り、一部が失われても人間そのものは存続しうるという発想が沖縄の民俗世界に存在することは確かです。私はここから一つの作業仮説を考えています。沖縄人のアイデンティティーには、この「複数のマブイ」とどこか相似した構造があるのではないでしょうか。

「沖縄人」と「日本人」は二者択一ではない

 沖縄の人に「あなたは沖縄人ですか、日本人ですか」と尋ねること自体が、問いの立て方として間違っている場合があります。「沖縄人であり、日本人でもある」という答えが自然だからです。実際、2022年に行われた沖縄人のアイデンティティーに関する調査では、52%が「沖縄人であり日本人」、24%が「沖縄人」、16%が「日本人」と回答しています。つまり、最も多いのは一方を選ぶ人ではなく、二つを同時に自分の中に持っている人です。近代国民国家は、基本的に人間に一つの帰属を要求します。私は日本人なのか、中国人なのか、フランス人なのか。国籍という制度は境界を明確にしようとします。しかし、人間の自己認識はそれほど単純ではありません。私は沖縄人である。同時に日本人である。東京に住む人間でもある。作家でもある。父親でもある。これらは互いを排除しません。沖縄の場合、この複数性が特に強く残っているのではないか、と私は考えています。もちろん、「沖縄人が複数のマブイを信じてきたから、複数の政治的アイデンティティーを持つようになった」と因果関係を断定することはできません。しかし、人間を一つの不可分な本質に還元しない霊魂観と、一人の人間が複数の帰属を同時に抱えることを比較的自然に受け入れるアイデンティティーの構造との間には、ある種の「文化的な響き合い」があると思います。これが私の作業仮説です。

琉球そのものが複数の世界に生きていた

 沖縄の歴史を振り返ると、この仮説はさらに興味深くなります。琉球王国は長く中国の冊封体制に組み込まれていました。1609年の薩摩侵攻後には薩摩藩の強い支配を受けながら、同時に中国との冊封・朝貢関係も維持しました。豊見山和行氏は近世琉球の国家的位置について、単純な「日中両属」という説明を批判的に検討したうえで、「従属的二重朝貢国」と位置づけています。重要なのは、琉球が一つの政治的宇宙だけに所属していたのではないということです。中国との関係と薩摩との関係を同時に維持すること自体が、王国存続の条件でした。1879年の琉球処分によって沖縄県が設置され、沖縄は近代日本国家に組み込まれます。しかし、それで歴史が終わったわけではありません。1945年の沖縄戦を経て、沖縄は日本本土から切り離され、米国の施政権下に置かれます。そして1972年に日本へ復帰しました。一人の沖縄人の祖父母や曾祖父母の時間まで遡れば、統治する国家が何度も変わっています。琉球王国、大日本帝国、米国統治、そして現在の日本国です。この歴史を本土の感覚だけで理解してはいけないと思います。本土では、明治維新があり、敗戦があり、憲法が変わっても、「日本」という国家そのものは連続しているという感覚が強い。しかし沖縄では、統治する政治秩序そのものが入れ替わった経験が、それほど遠くない過去にあります。すると「国家」とは何かという感覚も当然異なってきます。

国家は唯一絶対の「魂」なのか

 本土の日本人にとっては、「日本」という国家への帰属がアイデンティティーの最も外側にある巨大な容器になりやすい。しかし沖縄では、必ずしもそうならないのではないでしょうか。沖縄人である。日本国民である。琉球の歴史を継承している。米国文化の影響も受けている。中国や台湾との歴史的な関係も記憶している。そして世界各地にウチナーンチュのネットワークがある。これらが同時に存在します。三山喬氏が『還流する魂(マブイ)――世界のウチナーンチュ120年の物語』で描いたように、沖縄から海外へ移住した人々とその子孫は、何世代を経ても沖縄との結びつきを維持してきました。世界のウチナーンチュ大会が成立するのも、国籍とは別の次元で「ウチナーンチュである」という帰属が生き続けているからです。これは国家を否定する思想ではありません。むしろ国家への帰属を、自己のすべてと同一視しない感覚です。もし人間に一つしか魂がなく、その魂と国家が完全に結びついているならば、「私は日本人である」ということは他の帰属を排除する方向に向かいます。しかし、いくつものマブイが一人の人間を構成しているという文化的想像力を借りれば、「日本人である」と「沖縄人である」は矛盾しません。日本というマブイがある。沖縄というマブイもある。自分のシマというマブイもある。家族や門中につながるマブイもある。世界のウチナーンチュにつながるマブイもある。もちろん、これは民俗学的なマブイ概念をそのまま政治理論に変換しているのではありません。あくまで比喩です。しかし、この比喩を使うと、沖縄人のアイデンティティーの特徴が非常に分かりやすくなるのです。

「日本を選んだのだから沖縄を捨てた」は成立しない

この記事は無料で続きを読めます

続きは、4252文字あります。

すでに登録された方はこちら

読者限定
ロシアの対日姿勢はなぜ急速に悪化したのか――「非友好国」から「直接的脅威」への1か月
誰でも
ロシアはなぜ日本を「直接的脅威」と呼び始めたのか――対日認識に生じた重要な変化
読者限定
沖縄人の政治意識を「セヂ」から考える――仲原善忠が見抜いた権力の見えない根拠
誰でも
インテリジェンスオフィサーはなぜ高校地学を学ぶべきなのか――国家の意思だけでなく「地球の制約」を読む...
読者限定
なぜ東ドイツの「国民民主党」を研究するのか――旧ナチ党員を排除せず利用した社会主義国家のインテリジェ...
読者限定
ロシアはなぜ米国よりドイツを警戒し始めたのか――変化するモスクワの脅威認識
読者限定
ロシアはAfDの圧勝をどう利用するのか――「ドイツ人の反乱」という政治的物語
読者限定
メルツ政権で独ロ関係はどこまで悪化したのか――「ウクライナをめぐる対立」から「ドイツ自身への脅威」へ...