ロシアはAfDの圧勝をどう利用するのか――「ドイツ人の反乱」という政治的物語

AfDの圧勝を、ロシアは単なるドイツの地方選挙とは見ていません。対露制裁とウクライナ支援を進めた欧州エリートに対する「住民の反乱」と位置づけ、欧州秩序の亀裂を示す材料として利用しています。
佐藤優 2026.09.16
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ロシアが注目した小さな州の選挙

 ドイツ東部ザクセンアンハルト州で9月6日に行われた州議会選挙で、「ドイツのための選択肢」(AfD)が43・8%を獲得し、83議席中39議席を占めました。2021年の20・8%から得票率を倍増させた歴史的な勝利です。メルツ首相が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)は17・2%、15議席にとどまりました。AfDは単独過半数には達していませんが、ドイツの一つの州で、第2次世界大戦後初めて「極右」と位置づけられる政党が州首相を出す可能性が生じています。

 ロシアはこの結果を重視しています。それはAfDが、ウクライナへの武器供与に反対し、対露制裁の解除とロシアとの経済関係の回復を主張しているからだけではありません。ロシア側は、ザクセンアンハルト州の選挙を、欧州各国で進行している既成政治への反乱を象徴する出来事として捉えています。ロシアの国営通信社タスは、AfDの43・8%を「同党がドイツの地域選挙で獲得した史上最高の結果」と伝えました。報道自体は事実を中心としたものですが、「歴史的結果」「CDUの壊滅的敗北」という構図を強調しています。

 出典:タス通信「AfDはザクセンアンハルト州選挙で勝利した」(2026年9月6日)

プーチン大統領の「システムエラー」論

 ロシア側の反応で最も重要なのは、プーチン大統領の発言です。プーチン氏は9月11日、インド訪問中、AfDの勝利そのものについては「コメントしない」と断りながら、実際にはこの選挙を欧州全体の構造的危機に結びつけました。プーチン氏は、欧州で現在起きていることは、政治、安全保障、経済の各分野における西側のグローバリストの「システムエラー」の結果であると述べました。

 プーチン氏の論理は明確です。冷戦の終結とソ連崩壊後、西側諸国は自らを「オリンポスの頂点」に立つ存在と考え、何をしても許され、自分たちは誤りを犯さないと思い込んだ。その誤りが雪だるまのように膨らみ、現在の欧州の政治的、経済的混乱を生み出したというのです。さらにプーチン氏は、ウクライナ危機についても、西側がロシアの反対を無視してNATOの東方拡大を進め、ウクライナをNATOに引き入れようとしたことが原因だと主張しました。そのうえで、欧州の人々は何が起きているかを理解し始めており、それがドイツの選挙結果や欧州全体の政治的傾向に表れていると述べています。

〈欧州で現在起きていることは、いわゆる西側、より正確には西側のグローバリストが政治、安全保障、経済の各分野で犯したシステム上の誤りの結果である〉(9月11日、ロシア大統領府)

 出典:ロシア大統領府「報道機関の質問に対する回答」(2026年9月11日)

 出典:ロイター通信 “Putin says events in Europe, like AfD’s win in Germany, caused by Western globalists”(2026年9月11日)

 ここで重要なのは、プーチン氏がAfDを直接称賛していないことです。ロシア政府がAfDを公然と支援すれば、ドイツ国内でAfDを「プーチンの手先」と攻撃する材料を与えてしまいます。そのため、個別政党への支持ではなく、AfDの勝利を生み出した欧州の構造的失敗に焦点を合わせています。これは、相手国の反体制勢力と一定の距離を保ちながら、その伸長を自国の世界観の正しさを証明する材料として利用する、ロシア特有の情報戦の技法です。

ザハロワ報道官は「ロシア・カードの失敗」と見る

 ロシア外務省のザハロワ報道官は、プーチン氏よりも直接的な言葉を使いました。ザハロワ氏は9月9日の記者会見で、AfDの結果を「説得力のある勝利」と評価する一方、連邦政府を構成する既成政党の結果を「失敗」と呼びました。さらに、ドイツの与党は不利な選挙結果を予想し、有権者の選択に影響を与えるために「ロシア・カード」を使ったが、効果はなかったと主張しました。

 ザハロワ氏が念頭に置いているのは、ドイツ政府によるロシア総領事館やベルリンの「ロシア・ハウス」をめぐる措置、ロシアの破壊工作や選挙介入に対する警戒、AfDとロシアとの関係を強調する言説です。ザハロワ氏は、ドイツ政府が自国民の利益に反してロシアとの二国間関係を破壊しており、その結果についてメルツ首相と政権が責任を負うべきだと述べました。

 出典:ロシア外務省「ロシア外務省報道官マリア・ザハロワ記者会見」(2026年9月9日)

 出典:Caliber「モスクワはドイツにおける『ロシア・カード』の失敗を指摘した」(2026年9月9日)

 プーチン氏が「西側全体のシステムエラー」を語り、ザハロワ氏が「メルツ政権の失政」を強調することで、ロシア側の物語は二層構造になっています。上の層では、米国を中心とする冷戦後の国際秩序が失敗したと説明する。下の層では、ドイツ政府が対露制裁とウクライナ支援によって国民生活を損ない、その反発がAfDの勝利として表れたと説明するのです。

ロシアが描く因果関係

 ロシア側の報道と政府発言を整理すると、対露制裁によって安価なロシア産エネルギーを失い、ドイツ産業の競争力が低下し、物価と生活不安が増大したにもかかわらず、ベルリンの政治エリートはウクライナ支援と対露強硬策を続けたため、有権者が既成政党を拒否してAfDに投票した、という因果関係が浮かび上がります。移民問題も重視されますが、ロシアの言説では、それも欧州エリートが国民の意思を無視して進めた「グローバリズム」の一部として位置づけられます。

 この見方には一定の説明力があります。ザクセンアンハルト州は旧東ドイツ地域に属し、所得水準や雇用機会などで西部との格差が残っています。東部では歴史的にロシアとの経済的、文化的関係を身近に感じる人が多く、ウクライナへの軍事支援や対露制裁に対する批判も西部より強い傾向があります。AfDだけでなく、左派ポピュリスト政党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟」(BSW)も、ウクライナへの武器供与や対露制裁に批判的です。左右のイデオロギーを超えて、現行の対露政策に対する不満が存在していることは無視できません。

 ただし、ドイツ経済の低迷やAfDの伸長を対露制裁だけで説明することはできません。少子高齢化、投資不足、行政の硬直性、EU域内の制度問題、中国市場の変化、移民統合の失敗など、複数の要因が重なっています。また、AfD内部に存在する排外主義的、民族主義的傾向を、既成政党によるレッテル貼りとして片づけることも適切ではありません。ロシア側の説明は現実の一面を捉えていますが、ロシアにとって不都合な要素を切り落とした政治的な物語でもあります。

欧州は自壊する

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