メルツ政権で独ロ関係はどこまで悪化したのか――「ウクライナをめぐる対立」から「ドイツ自身への脅威」へ
ショルツ政権との違いはどこにあるのか
2025年5月6日、キリスト教民主同盟(CDU)のフリードリヒ・メルツ氏がドイツ首相に就任しました。メルツ政権になってからの独ロ関係を考える際、「ショルツ前政権はロシアに慎重だったが、メルツ政権は強硬になった」と整理するだけでは不十分です。ショルツ政権もロシアによる2022年2月のウクライナ侵攻後、「時代の転換(Zeitenwende)」を掲げ、ウクライナに大規模な軍事支援を行いました。ドイツはすでにショルツ政権時代から、欧州におけるウクライナ支援の中心国の一つでした。したがって、政権交代によってドイツが突然、親ロシアから反ロシアへ転換したわけではありません。変化したのは、ロシアとの軍事的エスカレーションをどの程度まで恐れ、それを政策上の制約として前面に出すかという点です。
ショルツ氏は、ウクライナ支援を続けながらも、ドイツがロシアとの直接的な戦争当事国と見なされることを強く警戒していました。その象徴が、射程約500キロとされる巡航ミサイル「タウルス」のウクライナ供与をめぐる問題でした。これに対して野党時代のメルツ氏は、より積極的な姿勢を示していました。首相就任後のメルツ氏は、個別兵器の供与内容を公表しない「戦略的曖昧性」を強めたため、タウルスが実際にどのような形で扱われているかを外部から断定することはできません。しかし、政策運用の重心が移ったことは明らかです。
「ロシア領内を攻撃してはならない」という発想から離れた
最初の大きな転換点は、メルツ首相就任からわずか20日後の2025年5月26日でした。メルツ氏は、英国、フランス、米国、ドイツがウクライナに供与した兵器について、もはや射程距離に関する制約は存在しないとの認識を示しました。ウクライナが供与された兵器を用いてロシア領内の軍事目標を攻撃することを認めるという意味です。ドイツ政府は後に、これを突然の政策変更として説明することには慎重な姿勢を示しましたが、政治的メッセージとしては極めて重要でした。
ロシアは直ちに反応しました。ペスコフ大統領報道官は、長距離攻撃能力をウクライナに認める動きを「危険」とし、政治的解決に向けた努力に反すると批判しました。翌27日にはラブロフ外相もメルツ氏の発言を問題視しました。ここから、ドイツとロシアの認識のずれが急速に広がっていきます。
ドイツ側から見れば、ロシア軍がウクライナを攻撃する以上、その発射基地や軍事施設を攻撃できなければウクライナは十分な自衛ができません。他方、ロシア側から見れば、ドイツを含むNATO諸国が提供した兵器によってロシア本土への攻撃を可能にすることは、西側諸国が戦争への関与を一段深めることになります。この二つの論理は、同じ行動を全く異なる意味で解釈しています。
ドイツはウクライナの「武器供給国」から共同開発国へ
さらに重要な変化が2026年に起きました。4月14日、ドイツとウクライナは戦略的パートナーシップを打ち出し、安全保障・防衛産業分野での協力を大幅に深化させました。両国政府の合意には、パトリオット用GEM―Tミサイル、追加のIRIS―T発射装置に加えて、長距離攻撃用無人機「Anubis」や中距離攻撃用無人機「Seth-X」の供給・共同協力が盛り込まれています。さらに両国は防衛産業に関する共同作業部会を立ち上げ、兵器システムの開発を含む協力を深化させる方針を示しています。これは単純な「武器供与」とは質が違います。
従来の構図ならば、ドイツで製造された兵器をウクライナに渡すという関係でした。しかし現在は、ウクライナの戦場経験とドイツの資金、技術、産業基盤を組み合わせ、新しい兵器システムを共同で開発、生産する方向へ進んでいます。この関係が長期化すれば、たとえウクライナ戦争が何らかの形で停戦に至ったとしても、ドイツとウクライナの軍事協力は容易には元に戻らないでしょう。独ロ関係の悪化が、戦争という一時的な出来事だけではなく、欧州の安全保障構造そのものに組み込まれつつあるということです。