プロイセン人はなぜ消えたのか――カリーニングラードに残る「消滅した民族」の記憶

現在のロシア・カリーニングラード州周辺には、かつて「古プロイセン人」と呼ばれるバルト系民族が暮らしていました。彼らはドイツ人ではありません。13世紀以後、征服、キリスト教化、ドイツ化、言語交替が重なり、民族として消滅しました。しかし、その名前と土地の記憶は残り、現在のカリーニングラードの地域アイデンティティーにも微妙な影響を与えています。
佐藤優 2026.10.23
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「プロイセン人」はドイツ人ではなかった

 「プロイセン人」という言葉を聞くと、多くの人はビスマルク、プロイセン王国、ドイツ帝国を連想すると思います。しかし、それよりはるか以前、この地域にはドイツ人とは別の民族がいました。現在のポーランド北東部、ロシアのカリーニングラード州、リトアニア南西部にまたがる地域に住んでいた古プロイセン人です。彼らはリトアニア人やラトビア人に近いバルト系民族で、古プロイセン語という西バルト語を話していました。現在、「プロイセン」という名称はドイツ史の文脈で理解されることが多いのですが、本来の民族名はこの古プロイセン人に由来します。古プロイセン語の復興運動を研究したポーランド科学アカデミーの論文も、古プロイセン人はリトアニア人、ラトビア人に近いバルト系民族で、13世紀末までにドイツ騎士団によって征服、キリスト教化されたと整理しています(Piotr Szatkowski, “Language Practices in a Family of Prussian Language Revivalists”, https://journals.ispan.edu.pl/index.php/adeptus/en/article/view/a.2626)。

 この区別は非常に重要です。後に「プロイセン人」と呼ばれるようになったドイツ語話者の住民と、もともとの古プロイセン人は同じ民族ではありません。征服された側の民族名を、やがて征服者と移住者の国家が自らの名称として用いるようになったのです。

なぜ古プロイセン人は消滅したのか

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