数学的帰納法はなぜ「帰納法」ではないのか――高校数学と哲学のあいだにある落とし穴
同じ名前が理解を妨げる
大学生に哲学や論理学を教えていると、帰納法を誤解している例が散見されます。その原因の一つは、高校時代に学んだ数学的帰納法を、哲学でいう帰納法と同じものだと思っていることです。これは、学生が高校数学を勉強していなかったから起きる誤解ではありません。むしろ、数学的帰納法をよく覚えているために、新しく出会った「帰納法」を、すでに知っている方法に当てはめて理解してしまう場合があります。
最初に結論を述べると、数学的帰納法は、論理的な分類では演繹的な証明です。これに対して、哲学や科学的方法を論じる際の帰納法は、観察した事例から、まだ観察していない事例にも及ぶ一般的な規則や傾向を推論する方法です。数学的帰納法では、前提と証明の手続きが正しければ、対象とするすべての自然数について結論が成立します。経験的な帰納法では、観察した事例がいくら多くても、それだけで例外の可能性を論理的に消すことはできません。同じ名前から入ると、この違いが見えにくくなります。
数学的帰納法は何を証明しているのか
高校数学で学ぶ典型的な例は、次の等式です。
1+2+3+……+n=n(n+1)/2
ここでnは1以上の自然数です。nが1の場合には、左辺も右辺も1になり、等式は成立します。次に、ある自然数kについて、この等式が成立すると仮定します。
1+2+3+……+k=k(k+1)/2
この両辺にk+1を加えると、次のようになります。
1+2+3+……+k+(k+1)
=k(k+1)/2+(k+1)
=(k+1)(k+2)/2
これは、nがk+1の場合の等式です。したがって、kの場合に成立すれば、k+1の場合にも成立することが示されました。最初の1で成立し、どの自然数でも成立が次の自然数へ引き継がれるので、すべての1以上の自然数について成立します。
ここで重要なのは、1、2、3、4といくつかの例を調べて、「この調子なら、きっと全部で成立するだろう」と予想しているのではないという点です。出発点での成立と、任意のkからk+1への成立の引き継ぎを証明しています。「任意のk」とは、都合のよい一つの数を選ぶという意味ではありません。どの自然数をkとしても、同じ論証が通用するという意味です。この一般性が、有限個の計算例を並べることとの決定的な違いです。