沖縄はいつまで「日本」を選ぶのか――県知事選が突きつける国家統合の危機
古謝玄太氏の圧勝をどう読むか
9月13日に投開票された沖縄県知事選で、無所属新人の古謝玄太氏(42)が42万3124票を獲得し、3選を目指した現職の玉城デニー氏(66)に約14万7000票の大差をつけて初当選しました。古謝氏は沖縄の日本復帰後に生まれた初めての知事であり、歴代最年少の知事となります。投票率は61・57%でした。これは明確な古謝氏の勝利であり、同時に2期8年に及んだ玉城県政に対する厳しい審判です。しかし、ここで選挙結果を「沖縄県民が辺野古移設を容認した」と読み替えることには慎重でなくてはなりません。古謝氏は辺野古移設を容認しています。その古謝氏がこれだけの大差で勝利した以上、辺野古問題が選挙結果と無関係だったということもできません。しかし、有権者が投票用紙に書いたのは「辺野古賛成」「辺野古反対」ではなく、候補者の名前です。候補者の人物、年齢、経済政策、物価高への対応、県政への評価、政党への評価、将来への期待など、さまざまな要素を総合して投票しています。今回の選挙では、古謝氏が「10年で県民所得倍増」を掲げ、経済政策を前面に出しました。また、2期8年の玉城県政に対する評価が大きな争点になりました。したがって、古謝氏が得た42万3124票をそのまま「辺野古移設容認票」と読み替えることはできません。そうした単純な解釈を日本政府が採用するならば、今回の選挙が発した、より重要な警告を見落とすことになります。
今回の知事選には二つの選挙が重なっていた
今回の沖縄県知事選について、私は二つの選挙が同時に行われたと考えています。一つは通常の地方選挙です。県民は物価高、賃金、観光、子育て、教育、医療、交通など、自分たちの生活を誰に委ねるかを判断しました。その点では、古謝氏が玉城氏を明確に上回ったということです。もう一つは、目には見えにくいのですが、もっと重要です。それは「沖縄と日本国家との関係を、これからどのようなものにするのか」という選択です。この第二の選挙を理解するためには、辺野古移設問題だけを見ていてはいけません。辺野古は重要です。しかし、今回の選挙で辺野古が以前ほど圧倒的な争点にならなかったこと自体が、私は重要だと思います。基地問題が消えたのではありません。むしろ沖縄社会の日常の底に沈殿し、経済や生活、中央政府との関係と結びついているのです。ここで日本政府が、「沖縄県民も結局は経済と生活を重視するようになった。基地問題は相対化された。しかも辺野古容認の候補が圧勝したのだから、沖縄でも政府の安全保障政策への理解が進んだ」と理解するならば、大きな間違いを犯すことになります。沖縄と日本の間に存在する問題は、基地の数だけではないからです。
日本と沖縄では政治哲学が異なる
私は東京に住む「在外沖縄人」として、沖縄と日本を観察してきました。その過程で強く感じるようになったのは、日本と沖縄の間には政治哲学の根本的な違いが存在するということです。日本本土では、国家の継続性が非常に強く意識されています。王朝交代を経験せず、天皇を中心とする政治的、文化的連続性が長期間維持されてきました。政権が変わっても国家は続くという感覚が強い。沖縄の歴史経験は異なります。琉球王国は長期間にわたって明、そして清の冊封体制に組み込まれていました。そのため中国政治思想、とりわけ孟子に代表される易姓革命の発想を、日本本土よりも比較的ストレートに受容する条件がありました。易姓革命の考え方を極めて単純化して言えば、天意に反する政治は改まり、天意が別の統治者に移れば、以前の政権に永続的な忠誠を誓う必要はないということです。これは近代的な民主主義とは異なります。しかし、権力の正統性は無条件でも永久でもないという政治感覚を形成します。沖縄の歴史を振り返れば、第一尚氏から第二尚氏への王統交代がありました。1609年には薩摩の侵攻を受けます。1879年には琉球処分、すなわち沖縄県の設置によって王国が消滅し、日本国家に編入されました。1945年の沖縄戦を経て米国統治下に置かれ、1972年には日本に復帰しました。沖縄の人々にとって、統治秩序が大きく変わることは抽象的な歴史学上の出来事ではありません。自分たちの祖父母、曾祖父母につながる比較的近い歴史なのです。
「復帰」はゴールではなかった
日本本土から沖縄を見ると、1972年の本土復帰によって歴史的問題が解決したように考えがちです。しかし沖縄側から見れば、そう単純ではありません。重要なのは「日本に復帰した」という事実だけではなく、何を求めて復帰したのかです。沖縄の人々が求めたのは、単に「公然と日の丸を掲げることができるようになった」という国旗の変更ではありませんでした。日本国憲法の下に戻ること、基本的人権が保障されること、そして本土との格差が縮小することへの期待がありました。ところが復帰後半世紀を経ても、米軍基地の負担は沖縄に著しく集中しています。そして今回の選挙では、基地問題と並んで、県民所得、物価、賃金、経済成長といった生活に直結する問題が強く意識されました。これは基地問題から経済問題への「争点の転換」と単純に理解すべきではありません。沖縄県民にとってみれば、「日本に復帰して半世紀以上たったのに、なぜ所得格差がなお存在するのか」「なぜ安全保障上の負担も経済的な不利益も沖縄側に偏っていると感じなければならないのか」という問題は一つにつながっています。国家統合は、法律だけでは維持できません。そこに暮らす人々が「この国家に所属していることには意味がある」「自分たちは公平に扱われている」と感じることによって、初めて安定するものです。沖縄に対して「安全保障上必要だから仕方がない」「振興予算を投入しているから十分だ」と繰り返すだけでは、この感覚を維持することはできません。
古謝氏への42万票は何を意味するのか
今回の選挙で特に注目したいのは、古謝氏が42歳であり、日本復帰後に生まれた世代だということです。これは沖縄政治の世代交代を象徴しています。復帰、沖縄戦、米国統治を直接的な政治経験として共有してきた世代から、その記憶を継承しながらも、現在の生活や将来の所得、子育て、雇用といった問題をより直接的に考える世代へと、政治の重心が移りつつあります。しかし、ここでも注意しなくてはなりません。若い世代が古謝氏を支持したからといって、それを「沖縄の日本化」と理解するのは間違いです。沖縄人としてのアイデンティティーを強く持ちながら、現実的な経済政策を求め、同時に日本政府との関係改善を期待することは十分に両立します。つまり、今回の選挙は「反基地から経済へ」「オール沖縄から保守へ」という一直線の移動ではありません。沖縄県民の政治的要求が、より複雑になったのです。基地問題にも関心がある。経済も改善してほしい。東京との関係も悪化させたくない。しかし、沖縄の尊厳も守ってほしい。そうした複数の要求を、今回の選挙では古謝氏がより有効に束ねることに成功したと見る方が、結果を正確に理解できると思います。
沖縄人が考える「天意」はどこにあるのか
私は沖縄政治を見るとき、「天意」という言葉を意識します。もちろん、現在の沖縄県民が孟子を読んで投票しているという意味ではありません。歴史の深層に存在する政治文化について述べているのです。沖縄人が考える「天意」とは何でしょうか。現代の言葉に置き換えれば、生活を守ってくれること、尊厳を認めてくれること、自分たちの意思を無視しないこと、そして沖縄だけに過大な負担を押しつけないことではないでしょうか。今回、玉城氏は大差で敗れました。それは玉城県政が、少なくとも多数の県民の期待を十分につかみきれなかったことを意味します。しかし、その「天意」がそのまま日本政府に移ったと考えるのも早計です。県民は玉城県政に代わる選択肢として古謝氏を選びました。日本国家に対する無条件の信任投票を行ったわけではありません。ここは極めて重要です。古謝氏が今後、県民生活を改善し、沖縄の尊厳を守り、同時に中央政府との間で実効的な交渉を行うことができるか。その実績によって、今回の42万票の政治的意味は後から定まっていくことになります。