民族は「情報の流れ」によってつくられる――セルゲイ・アルチューノフ先生の民族理論と現代的意義
流暢な日本語で話しかけてきた「歩く百科事典」
1988年秋、在ソ連邦日本国大使館の3等書記官だった私は、ソ連科学アカデミー民族学研究所でセルゲイ・アレクサンドロヴィチ・アルチューノフ先生と初めて会いました。当時、アルチューノフ先生は研究所のコーカサス部長を務めていました。初対面の私に流暢な日本語で話しかけてきたので驚きました。アルチューノフ先生はロシア語、英語、ドイツ語、フランス語、アルメニア語、ジョージア語を流暢に話し、読むだけならばアイヌ語を含む30近い言語を解する天才でした。ソ連科学アカデミーで「歩く百科事典」と呼ばれていたのも不思議ではありません。
アルチューノフ氏は1932年にトビリシで生まれ、モスクワ東洋学院の日本学科で学びました。1954年に同学院を卒業してソ連科学アカデミー民族学研究所の大学院に進み、その後約70年にわたって同研究所で研究を続けました。日本、チュコトカを中心とするシベリア・極北、コーカサス、インド、ベトナムなどでフィールドワークを行い、日本人の民族形成、アイヌ、北方の海獣狩猟民、アルメニアをはじめとするコーカサス諸民族について大きな業績を残しました。ロシア科学アカデミーの略歴は次のURLで確認できます。https://new.ras.ru/academy-new/staff/chlen-korrespondent-ran/arutyunov-sergey-aleksandrovich/ アルチューノフ氏が2023年12月に亡くなった際、民族学・人類学研究所は、日本研究者、コーカサス研究者、極北研究者、インド研究者がそれぞれ自分の専門分野の第一人者として彼を記憶していると紹介しました。https://iea-ras.ru/?p=17218