大審問官伝説とは何か――人間は自由に耐えられるのか
大審問官の前に現れたのは誰なのか
フョードル・ドストエフスキー(1821~1881年)の最後の長編小説『カラマーゾフの兄弟』は1880年に刊行されました。その中でも特に重要なのが、次男イワンが弟アリョーシャに語る「大審問官」です。通常、「大審問官伝説」と呼ばれています。私はこれまでドストエフスキーについて書いたり講義したりするとき、この物語を繰り返し取り上げてきました。それは大審問官伝説が19世紀ロシア文学の一挿話ではなく、20世紀の全体主義、ソ連型社会主義、さらに21世紀の民主主義社会を考えるためにも重要な思想的装置だからです。
物語の舞台は16世紀のスペイン、セビリアです。異端審問によって異端とされた人々が火刑に処されています。そこへ一人の人物が現れます。民衆はその人物を見て「あのお方だ」と直観します。盲人の目が開き、死んだ少女まで甦ります。ところが、その様子を見ていた90歳近い大審問官は、この人物を逮捕するよう命じます。民衆は抵抗しません。それどころか、先ほどまでその人物を取り囲み、足元に接吻していた同じ民衆が、今度は大審問官の前にひざまずきます。ここにすでに大審問官伝説の本質が現れています。人間は奇跡を求めます。同時に権威にも従います。そして権力は、支配される側がまったく望んでいないところには成立しません。人々の側にも、誰かに判断を委ねたいという欲望があるのです。