北海道の小さな高校を消してはいけない――遠隔授業「T-base」が変える地方教育

住んでいる場所によって、子どもが受けられる教育の質が決まってはなりません。北海道は遠隔授業によって、小規模高校でも多様な科目を学べる仕組みをつくっています。この「北海道モデル」は、日本の教育全体を底上げする可能性を持っています。
佐藤優 2026.09.18
誰でも

北海道だからこそ生まれた仕組み

 北海道の教育には、本州の大都市圏とはまったく異なる条件があります。広く、学校と学校の間が遠いうえ、人口減少によって一つの高校で確保できる教員の数にも限界があります。ここで「生徒数が少ないのだから仕方がない」と考えるか、それとも「生徒数が少なくても、都市部と同じように学ぶ機会を保障する方法はないか」と考えるか。この違いは大きいと思います。北海道教育委員会は後者を選びました。

 2021年4月、北海道教育委員会は北海道有朋高校を拠点として「北海道高等学校遠隔授業配信センター」を開設しました。愛称はT-baseです。小規模校や離島の高校に対して、札幌からオンラインで授業をライブ配信する仕組みで、2026年度には受信校が35校まで広がっています。夕張、月形、寿都、松前、上ノ国、豊富、礼文、利尻、津別、羅臼、標津など、北海道全域の高校がネットワークで結ばれています。私はこの取り組みを高く評価しています。なぜなら、これは単なるICT教育ではなく、北海道のどこに住んでいても一定水準以上の教育を受けることができるという「教育機会の保障」の問題だからです。

「学校が小さいから科目を開けない」を変える

 小規模高校が抱える問題の一つは教員の数です。生徒が少なくなれば配置される教員も少なくなり、生徒が学びたいと思っても、その科目を担当できる先生が学校にいないという事態が起きます。これは本人の学力や努力とは関係もありません。札幌に住んでいれば選択できた科目が、道東や道北、離島に住んでいるという理由だけで選択できず、それによって大学受験の選択肢まで狭くなるとすれば、教育機会の平等という観点から問題があります。

 T-baseは、この制約を技術によって乗り越えようとしています。しかも、配信しているのは一部の主要科目だけではありません。2025年度には国語、地理歴史、公民、数学、理科、英語に加え、情報、家庭、書道、音楽など9教科30科目に広がり、32校に週295時間の授業をライブ配信し、延べ950人余りの生徒が受講していました。長期休業中には進学講習も行われ、2025年度の夏季講習だけで延べ825人が参加しています。私はこの数字に注目します。これはもはや「実験」ではなく、北海道の高校教育を支える一つのインフラになりつつあります。

佐藤豊記さんの仕事

 このT-baseについて考えるとき、佐藤豊記さんの仕事に触れないわけにはいきません。佐藤さんは北海道の高校で長く地歴・公民科を教え、2021年のT-base発足時からこの仕事に携わり、現在は次長を務めています。文部科学省の学校DX戦略アドバイザーでもあります。佐藤さんが財務省の広報誌『ファイナンス』2025年12月号に寄稿した「小規模校の子どもたちの学びを遠隔授業で支える――北海道高等学校遠隔授業配信センター(T-base)の挑戦」は、この事業の意味を考えるうえで重要な文章です。

 興味深いのは、佐藤さんたちが遠隔授業を普通の授業の劣化版として考えていないことです。遠隔だから仕方なく我慢するのではなく、遠隔だからこそできる授業をつくろうとしている。クロマキー合成を使い、書画カメラで教員の手元を映し、美術館などと中継し、複数の学校を同時につないだ合同授業ではメタバースも活用する。遠隔授業専用の万能な機械が最初から存在するわけではありませんから、現場の教員が試行錯誤しながら授業方法そのものを開発しています。私はここに教育者の力量を見るのです。

 ICT機器を学校に配れば教育のDXが実現するわけではありません。重要なのは機械ではなく人間です。新しい技術を使って、どうすれば生徒の知的好奇心を刺激できるか、どうすれば画面の向こうにいる生徒と教師との間に人間的な関係をつくることができるかを考える教師が必要です。佐藤さん自身も地歴・公民科の教師として遠隔授業の実践研究を積み重ね、「公共」の授業では金融教育や18歳成人といった現実社会とつながるテーマを扱い、ICTを単なる映像配信の道具ではなく、生徒に考えさせるための手段として使っています。

画面の向こうにも生徒がいる

 遠隔教育について、私には印象に残っている話があります。遠隔授業という言葉を聞くと、都会にいる優秀な教師が地方の生徒に一方的に知識を送るというイメージを持つ人がいます。しかし、T-baseの実践はそうではありません。授業を配信して終わりではなく、T-baseの教師は実際に受信校まで出向いて対面授業も行います。北海道は広大です。札幌から道東、道北、あるいは離島まで行くには相当な時間がかかります。それでも教師が現地に行き、画面の中でしか会ったことのなかった教師と生徒が、実際に同じ教室で向き合うのです。T-baseは遠隔授業だけでなく、対面授業、学習評価、進学講習、進路指導支援まで組み合わせています。ここが重要です。デジタルは人間関係をなくすために使うのではなく、むしろ距離によってつくることができなかった人間関係をつくるために使う。私はこの発想に賛成です。

教育長になったかつての同僚

 そして現在、北海道教育委員会を率いているのが中島俊明教育長です。中島さんについては、私には個人的な思い出があります。かつて中島さんは外務省に出向し、モスクワの日本大使館で勤務していました。私もモスクワの日本大使館で勤務していた時期があり、中島さんとは机を並べて仕事をしました。外交官の仕事は、外国語ができれば務まるというものではありません。相手国の政治、経済、社会を観察し、膨大な情報の中から重要なものを選び、それを日本政府の政策判断に役立つ形に整理しなくてはなりません。また、東京の本省、現地政府、在留邦人など、立場の異なる人々との調整も必要になります。中島さんは外交官としても優秀でした。

 だから私は、中島さんが北海道教育委員会の教育長に就任したと聞いたとき、なるほどと思いました。外交と教育行政はまったく違う仕事のように見えますが、複雑な条件の中で現実的な解決策を組み立て、多くの人を動かしていくという点では共通する部分があります。中島教育長は2024年6月の就任時、教育行政は初めての経験だと率直に述べたうえで、地域創生の核となる学校づくりを進める必要があるという認識を示しました。さらに、経済状況や地域の違いにかかわらず、質の高い教育を受けられる環境を整備することを重要課題として掲げています。この考え方とT-baseは、きれいにつながっています。

現場を見る教育長

 教育行政で重要なのは、制度をつくる人が現場を知ることです。その点でも、中島教育長の姿勢は立派です。2026年度も道内各地の教育現場を実際に視察し、4月には厚真高校を訪れ、T-baseによる書道の授業を実際に見ています。6月には後志管内を回り、さらに奥尻島、宗谷管内にも足を運んでいます。北海道の教育を札幌だけで考えてはいけません。札幌から見た「小規模校」と、その地域で暮らしている高校生から見た「自分の学校」は違います。行政から見れば生徒数数十人の学校でも、そこに通っている高校生にとっては人生で一度しかない高校です。その学校でどの科目を学べるか、どの教師に出会えるかによって、その後の人生が変わることがあります。その現実を理解するには現場に行くことが大切です。中島教育長にはその理解と熱意があります。私はかつて一緒に仕事をした者として、そのことをよく理解しています。

「小さい学校を残すか、統廃合するか」だけではない

 人口減少時代の教育を考えるとき、議論はすぐに学校統廃合の問題になります。生徒が減った、教員を配置できない、だから学校を統合する。行政の論理としては分かります。限られた財源と教員を無制限に配置することはできません。しかし、この議論にはもう一つの選択肢があります。学校は地域に残しながら、教育資源をネットワークで共有する。これが北海道モデルです。

 すべての学校に、すべての科目の専門教師を配置する必要はありません。専門性の高い教師を拠点に置き、その授業を複数の学校に届ければいい。その一方で、それぞれの学校には生徒を日常的に支える教師がいて、さらに必要に応じて配信側の教師が現地に赴く。リアルとオンラインを対立させないのです。この発想なら、小規模校であることと教育の質を維持することを両立できる可能性があります。

これは北海道だけの問題ではない

 私はT-baseを北海道特有の取り組みとして終わらせてはいけないと思います。人口減少は北海道だけで起きているわけではありません。東北、山陰、四国、九州、そして沖縄の離島でも、同じ問題が深刻になっています。先に紹介した沖縄県久米島町の町営塾も発想の根は同じです。地域によって教育条件に差がある。それを「地方だから仕方がない」で済ませず、行政が新しい仕組みをつくって補う。久米島では町営塾という形を取り、北海道ではT-baseという遠隔授業のネットワークをつくった。方法は違っても、思想は共通しています。子どもがどこに生まれ、どこで暮らしているかによって、その可能性を狭めてはいけない。これが公共教育の原点だと私は思います。

東京の有名教師を全国配信すればよいのではない

 ただし、北海道モデルを全国に広げるとき、注意しなくてはならないことがあります。遠隔教育を「全国で一番優秀な先生の授業を録画して、すべての高校生に見せればよい」という方向にしてはいけません。それなら動画教材で十分です。教育は情報伝達だけではありません。生徒がどこで理解できなくなったのかを見る。質問を受ける。表情を見る。生徒同士で議論させる。答案を読み、考え方の癖を理解する。進路について話をする。そして時には現地まで会いに行く。T-baseが興味深いのは、この教育の人間的な部分を捨てずにデジタル技術を使っていることです。だからこそ、佐藤豊記さんのような現場の教育者の存在が重要なのです。

北海道モデルは日本の教育を底上げする

 生成AIが急速に発達する時代には、教育における「距離」の意味はさらに小さくなります。札幌の教師と礼文島の高校生が同じ授業をつくる。函館の生徒と根室の生徒が同じテーマについて議論する。大学教員や研究者、企業人が遠隔授業に参加する。生成AIを補助的に利用して、一人一人の理解度に応じた学習支援を行う。技術的には、すでにかなりのことが可能です。問題は、技術を何のために使うかです。学校を減らすために使うのか、教師を減らすために使うのか、それとも、これまで教育機会に恵まれなかった地域の子どもたちに、より多くの選択肢を与えるために使うのか。私は最後の方向で使うべきだと思います。

 北海道では、中島俊明教育長の理解と熱意のもと、佐藤豊記さんをはじめとする現場の教師たちが、その可能性を具体的な形にしています。2021年に始まったT-baseは、2026年度には35校を結ぶ仕組みに成長しました。北海道は広く、人口密度も低く、冬の移動には困難もあります。しかし、その不利な条件があったからこそ、北海道は全国に先駆けて、距離を越えて教育資源を共有する仕組みをつくりました。これは北海道だけの財産にしてはいけません。

 人口減少が進む日本では、これから「学校を残すか、教育の質を取るか」という二者択一を迫られる地域が増えていきます。しかし北海道の経験は、その問いの立て方自体が間違っている可能性を示しています。学校を地域に残しながら、ネットワークを通じて教育の質を高めることはできます。むしろ、一つの学校の中だけで教育を完結させようとする発想を捨てれば、小規模校だからこそ可能になる教育もあります。

「地方だから仕方がない」と言わない

 私は、この問題の核心は技術ではなく思想にあると思っています。「地方だから仕方がない」という言葉があります。生徒数が少ないから仕方がない。離島だから仕方がない。先生がいないから仕方がない。大学から遠いから仕方がない。一つ一つを取り出せば、もっともらしく聞こえます。しかし、この「仕方がない」が積み重なると、地方に生まれた子どもは、都市部に生まれた子どもよりも少ない選択肢しか持てないことになります。それを本人の努力不足として処理してはいけません。

 教育において努力が成果につながるためには、努力できる環境が必要です。学びたい科目があり、質問できる教師がいて、進学に必要な情報に接することができ、同じ目標を持つ他校の生徒ともつながることができる。こうした条件を整えたうえで、初めて本人の努力を問うことができます。T-baseがつくっているのは、まさにその環境です。札幌にすべての高校生を集めるのではなく、生徒が暮らしている場所はそのままにして、必要な教育資源を生徒のいる場所まで届ける。この発想の転換は大きいと思います。

小規模校の弱点をネットワークで補う

 そもそも、小規模校には弱点だけがあるわけではありません。生徒数が少ないからこそ、教師が一人一人の性格や学習状況を把握しやすく、地域社会との距離も近い。漁業、農業、酪農、観光、自然環境、地域の歴史など、その土地にしかないものを教材にすることもできます。問題は、一校だけでは十分な数の専門教員を配置できず、多様な選択科目を用意することが難しいことです。それならば、小規模校の長所を残したまま、足りない部分をネットワークで補えばいい。一つの高校では数人しか希望者がいない科目でも、北海道各地の高校を結べば授業として成立します。一つの学校には配置できない専門教員の知識と経験も、複数の学校で共有できます。

 ここにT-baseの本当の新しさがあります。学校そのものを巨大化するのではなく、学校同士をつなぐことによって大きな教育空間をつくるのです。札幌の大規模校を唯一の理想形とする必要はありません。礼文には礼文の高校があり、羅臼には羅臼の高校があり、奥尻には奥尻の高校があっていい。ただし、そこに通う生徒が「この地域に住んでいるから物理を十分に勉強できない」「情報を専門的に学べない」「大学受験に必要な科目を選択できない」という不利益を受けないようにする。地域性と教育機会の平等を両立させるのです。

中島教育長に期待する理由

 その意味でも、私は中島教育長に期待しています。モスクワで一緒に仕事をしていた当時、中島さんは、理念を理念のまま終わらせず、現実の条件の中で何ができるかを考える人でした。外交では、自分の希望だけで相手国を動かすことはできません。地理、歴史、政治状況、相手の利害など、簡単には変えられない条件を認識したうえで、その中に可能性を探します。北海道の教育にも同じようなリアリズムが必要だと思います。

 北海道の人口が急に増えることを前提に教育政策を組み立てることはできません。すべての小規模校に十分な数の専門教員を配置することも現実的ではありません。北海道が広大であるという地理的条件も変えることはできない。しかし、変えられない条件があることと、何もできないことは同じではありません。技術を使う。学校をつなぐ。教師の専門性を共有する。必要ならば教師自身が現地へ行く。そして現場で生徒や教師の声を聞き、制度を改善する。これは非常に現実的な方法です。中島教育長が現場を歩き、T-baseを含む北海道の教育改革に力を入れていることを、私は心強く感じています。

高校を守ることは地域の未来を守ること

 この問題には地域政策としての側面もあります。人口が減った地域から順番に教育の選択肢まで減らしていけば、地方の衰退はさらに加速します。子どもの教育を考えた家庭が都市部へ移る。生徒が減る。高校が縮小する。さらに教育条件が悪くなり、また若い世代が出ていく。この循環をどこかで断ち切らなくてはなりません。地元に一定水準以上の高校教育があれば、15歳で親元を離れなくてもよい。その高校から大学や専門学校へ進み、あるいは地元で就職し、将来地域に戻るという選択肢も残ります。

 高校を守ることは、学校という建物を守ることではありません。地域に暮らす人々の未来の選択肢を守ることです。その点で、北海道のT-baseと沖縄県久米島町の町営塾には共通する思想があります。人口が少ないことを理由に教育から撤退するのではなく、行政が教育条件を整えることで、地域に暮らしながら質の高い教育を受けられるようにする。私はこのような教育政策にこそ、人口減少時代の行政の重要な役割があると思います。

北海道は日本の教育の最前線である

 T-baseの価値は、北海道の小規模校を支えることだけにとどまりません。専門性の高い教師の授業を複数校で共有し、学校間で教材や教育方法を蓄積し、遠隔授業と対面授業を組み合わせる仕組みが成熟すれば、その成果は全国の高校にも応用できます。非常に専門性の高い地学、情報、外国語などの授業を複数校で共有する。大学教員や研究者、企業人、行政官などを授業に参加させる。生成AIを適切に組み合わせ、一人一人の復習や発展学習を支援する。遠隔教育は「地方に足りないものを補う教育」から、日本全体で知的資源を共有する教育へ発展する可能性を持っています。

 だから私は、T-baseを「北海道の特殊事情への対応」として見るべきではないと思います。北海道は、人口減少、学校の小規模化、教員確保、地域間格差という、日本全体がこれから本格的に直面する問題を先取りしています。問題を先取りしているからこそ、解決策も先に生まれるのです。北海道で蓄積された経験を国や他の自治体が学び、それぞれの地域事情に合わせて応用することができれば、日本の公教育全体を底上げすることにつながります。

 そのためにも、T-baseを単なる設備やシステムとして理解してはいけません。中心にいるのは人間です。佐藤豊記さんをはじめとする教師たちが授業をつくり、受信校の教師が生徒を支え、北海道教育委員会が制度を整え、中島俊明教育長が現場を見ながらその意味を理解し、教育行政を進める。技術、制度、人間が組み合わさって初めて、この仕組みは機能します。

 外交官として優秀だった中島さんが、いま北海道の教育行政の責任者として、広大な北海道の各地を歩き、教育機会をどう保障するかという課題に取り組んでいることには感慨があります。同時に、これは個人的な思い出だけで評価しているのではありません。T-baseという具体的な制度が拡大し、佐藤豊記さんをはじめとする現場の教師たちが授業方法を工夫し、小規模校の生徒が実際に多様な科目を学べる仕組みが定着しつつある。その事実を私は高く評価しています。

 住んでいる場所によって、子どもの可能性が決まってはなりません。学校が小さいからといって、学べる内容まで小さくする必要はない。地方にいるからといって、将来の選択肢まで少なくする必要もありません。北海道の広大さは長い間、教育にとって克服すべき制約でした。しかしT-baseは、その距離を逆にネットワークをつくる契機へと変えています。

 北海道は日本の教育の「周辺」ではありません。人口減少、学校の小規模化、教員不足、地域格差という、日本の教育がこれから直面する課題の最前線です。最前線で生まれた知恵は、やがて全体を変える力になります。

 北海道モデルをさらに発展させ、その経験を全国で共有する。それは北海道の小規模高校を守るだけではなく、日本の教育そのものを底上げすることにつながります。

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